倫理

総評と分析

おおむね前年通りの問題編成で図版がないことに加え、グラフも消え、原典資料を多用した文章読解力重視の傾向が継続された。心理学分野で新課程への移行を意識したような出題も見られた。


『君たちはどう生きるか』の作者である吉野源三郎の著書からの引用があった。レイアウト面には目立った変化はないが、大局的な思想史や社会状況の理解が求められ、一人の人物について3つから4つの文を提示してそれぞれ正誤判定させるような問題が増えた。グラフは消え、心理学的な実験が引き続き出題され、移行後のカリキュラムも意識されていた。各大問のコンセプトも変わらず高校生がテーマの認識を深めるもので、全体を通して読解力が求められた。

問題分析

大問数 4で前年から変更はない。
設問数 33で前年から変更はない。
解答数 33で前年から変更はない。

問題量

  • 原典資料が12で前年から変更はない。図版は実験の設問中の表のみが収録されていた。問題量そのものは前年並み。

出題分野・出題内容

  • 第1問(東西源流思想)、第2問(日本思想)、第3問(西洋近現代思想)、第4問(現代社会・青年期・心理学など)と、例年の問題編成と同じ出題であった。
  • 横井小楠、石橋湛山、丸山真男、ピアジェ、クーリー、ヴァイツゼッカーなど比較的学習が進んでいないであろう人物が出題された。
  • 第3問のテーマは「思想と芸術鑑賞」であり、カント、ヒューム、ルソーなどの重要な思想家のテーマに沿った比較的長い引用文を読ませる構成となっていた。
  • 第4問では「後悔についての考察」を扱う中で、会話と小問が有機的につながるような構成となっていた。

出題形式

  • 形式面では、前年同様写真や絵画は見られなかった。一つの設問の中で、長い引用文を二つ提示し、それぞれのやや長い要約を選ばせる問題など、引き続き読解力重視の傾向が続いた。

難易度(全体)

  • 思想の継承や影響関係など、思想史の大きな流れを問う盲点的出題が増加。また適当なものをすべて選ばせる出題形式により、消去法が通用しない問題も増加した。個々の思想家について具体的な知識を問う出題も、内容が細かかったり盲点的であったりするものが多かった。よって全体の難易度はやや難化。

第1問 (24点満点)

配点 出題内容 難易度
24 「思想の継承」(東西源流思想) やや難

「思想の継承」をテーマとした、東西源流思想分野からの出題。問1はギリシア哲学の後世への影響をめぐる時代・地域横断的な出題で面食らったと思われる。問2は儒教関連の出題で標準的な内容。問3は先行する思想を批判した古代の思想家をめぐる地域横断的な出題。問4は中国の仏教徒である牟子の『理惑論』から抜粋した文章と会話を融合させた標準的な読解問題。問5はユダヤ教をめぐるイエスの言動に関する出題で律法がキーワード。問6はムハンマドについてのやや細かい問題。問7はアリストテレス『自然学』とノートを用いた標準的な読解問題。問8は『スッタニパータ』と竜樹『中論』を用いて、やや長い会話文について3箇所、それぞれ2択から選ばせる空欄補充問題。設問形式としては3ページにまたがり新しく、1問正解するためにより高い精度の読解が求められた。

第2問 (24点満点)

配点 出題内容 難易度
9 「日本人と平和」(日本思想その1) やや難
9 「日本人と平和」(日本思想その2) やや難
6 「日本人と平和」(日本思想その3) 標準

「日本人と平和」をテーマとした日本思想史分野からの出題。戦争、疫病、災害が扱われた。問1は古代の信仰に関する標準的な知識問題で、概ね一般的な傾向に関して問われ、民俗学者の折口信夫も出題された。問2は古代日本の仏教についてのやや細かい出題で、空海で特に迷うだろう。問3は鴨長明『方丈記』と吉田兼好『徒然草』を長めに引用した問題で、「無常観」に関する知識とそれぞれの要約で、内容は標準的だが時間を要する。問4は江戸時代の儒教に関する俯瞰的な出題で、思想家の具体名は問われないが、知識があり、かつ全体把握ができていないと解けないような問題であった。問5は石田梅岩に踏み込んだ問題であり、形式も適当なものをすべて選ばなければならないことから消去法が通用せず難。問6は、明治政府の政治家であった井上毅が横井小楠と対談した『沼山対話』を扱った知識と読解の融合問題であり、おそらく盲点であった横井小楠の細かい知識も要するため難。問7は平和を説いた近現代の思想家についての選択問題だが、石橋湛山や丸山真男など、前問に引き続き盲点的な人物についての知識が問われ難。問8は2023年に公開されたアニメ-ション映画と著書名を同じくする『君たちはどう生きるか』の原作者である吉野源三郎『人間の尊さを守ろう』を扱ったやや長い資料文の読解問題であり、時間を要する。

第3問 (24点満点)

配点 出題内容 難易度
12 「思想と芸術鑑賞について」(西洋近現代思想その1) やや難
12 「思想と芸術鑑賞について」(西洋近現代思想その2) 標準

IとIIで会話は区分されているが、テーマは一貫している。問1はルネサンスに関する標準的な出題であるが、芸術作品に関する細かい知識だけでなく、ルネサンスで芸術の傾向がどう変化したかについて基本理解が問われた。問2は宗教改革の影響に関する思想史の俯瞰的な出題で、適当な記述を全て選ばなければならず、やや難。問3はカントの思想について『判断力批判』を用いた知識と読解の融合問題で、解きにくい。問4はヒュームの『趣味の基準について』を用いた読解問題で、落ち着いて読めば選択肢は難しくはないが、資料は飲み込みにくい。問5はルソーの『人間不平等起源論』に関する空欄補充問題であり、標準的ではあるが、学習が中途半端だとついルソーの用語を選んでしまった可能性もある。問6は、ニーチェをめぐる問題だが「ニーチェが批判した思想」を選ばせる形式で、内容は基本的ではあるが解きにくかったと思われる。問7は、功利主義者のJ・S・ミルについて、「個性」の観点から問う問題。問8は、全体のまとめとしてのノートの空欄補充問題。標準的な内容ではあるが、ここまでに把握、読解する分量を考えると、骨が折れるだろう。

第4問 (28点満点)

配点 出題内容 難易度
28 「後悔をめぐる考察」(現代社会・青年期・心理学など) 標準

後悔をめぐる考察をテーマにした、引き続き読解量の多い大問。問1はフランクルとヴァイツゼッカーについて問う空欄補充問題。ヴァイツゼッカーは頻出ではなく、教養の範囲で知っている受験生と差がついたと思われる。問2は現代日本における家族や世帯についての標準的な問題で、「倫理」の教科書で学ぶ細かい知識というよりは、社会的な教養も求められた。問3は情報やメディアについて扱った標準的な問題だが、ブーアスティンはやや盲点的。問4は後悔を意識することとその後の行動に関する心理的な実験で、話の全体を捉えることができればそれほど難しくはないが、読解量が多かった。問5は青年期・心理学分野の思想家に関する標準的な問題で、ピアジェやクーリーなど、新課程移行後に大きく扱われる人物が先んじて登場した。問6は、青年期に経験される心理状態に関して、防衛機制やその他の心の動きなどの具体例を選ぶ問題で、適当なものをすべて選ぶ形式。問7(1)はハイデガーの思想についての標準的な問題。問7の(2)は哲学者J・ラズ「世界のうちにあること」を用いた資料読解問題で、読解量は多めだが、内容は易しめ。問8は全体的なまとめとして、冒頭の会話内容を踏まえて空欄補充する問題で、内容は難しくないが、ページを戻りながら多くの文章を読む必要もあり、文脈を把握するのに骨が折れたかもしれない。

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